感情の化身
大人になるってなんだろう。
色気?貫禄?常識?
全て正しくて、全て間違っている。
いろんなパーツがあるからきっと、答えは人の数だけ生まれるし一人一つとは限らない。
キャラクター、イメージ、雰囲気、
それらはあたしを形づくるけれどあたしを閉じ込めもするんだ。
素直な女の子は好かれるけど、素直の種類もまた難しい。
あたしがこの狭い自分の世界で見てきた限り、
感情的な女の子は嫌われる傾向にあるし、ひどい奴はメンヘラとなじる。
本音だけで生きていければどれだけ楽だろうとは考えるけれど
本音だけで生きることは多分つまらない。
抑圧されるからその歪みの中で、あたしだけのあたしが生まれるのだから。
社会に馴染むゲームには半分勝利し、半分惨敗している。
その度、新たなデータが刻まれて、あたしはあたしを更新する。
更新されたあたしはまた新たなあたしを求めて、時には生まれ変わるために
一瞬前のあたしを惨殺し、それを作品に昇華してみたりもする。
最後の弾圧魔は、いつだって不安全な一瞬前のあたしだ。
傷をえぐって、その傷の深さや色を確認する。
忘れていたはずの傷跡をなぞることで見つけたりもする。
その味は記憶の中で変化して、いつだってそこにある。
不意に痛むそれが、あたしを最も輝かせてくれることがあるなんて、なんて皮肉なんだろうね。
甘美な傷はとても濃ゆく色めくわ、香り立つわで。
だから人はなんだかんだ、ロマンティックな切なさを探してしまうのかもしれない。
みんな、どこかできっと主人公になりたがっているのだろうし、人に語れる程度の憂いを欲しているように見える。
だけどそれは、とても当たり前のことなのだろうね。
あたしはこの世界の中を感情の化身として渡り歩いている。
どんなにとりつくろっていても。その皮の下には目まぐるしく鮮明に蠢き続ける感情が今か今かと息を殺すこともせず、絶好の機会を待ち望んでいる。
不幸を餌に生きる最大の武器はきっとそれを憂いとして彩ることなのかもしれない。
むき出しの音が、声が、感情の化身が吠えるのだ。
大きな声で、割れんばかりの感情で、何かを必死に、
いや、きっと、もがいているんだろう。
不甲斐なさ、やるせなさ、やり切れなさ。
情けない人間の底を目をそらさず、時には傷つけ傷つけられながら
それでも、それでも、愛を忘れることはできやしない。
大森靖子という超歌手は、完全なる感情の化身として、あたしの心を価値あるものに変えてくれる。
超高速で生きている彼女に、引き込まれ、惹きつけられている。
希釈が間違っていようが、その濃度を決めるのは、その瞬間のあたしだけだ。
あたしの感情達はあたしが彼らを誰かと分け合ったり、見せ合ったり、そういうものを極端に嫌う。
理不尽なんだ、ものすごく。
矛盾の中でしか答えを見つけられないし、その感情は超高速で過去に投げ捨てられていく。
いつだって。
あたしはあたし自身に殺される。
人間って人間くさいってきっとこういうことだと思う。
彼女は、きっと感情の化身だ。
たくさんの傷を抱え、決して逃げずに、自分を生きているんだと思う。
その感情が音楽というフィルターを通して、この世界をぶち抜いてくれるはずだ。